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最高裁判所大法廷 昭和29年(あ)3956号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

検察官の上告受理申立理由について。

爆発物取締罰則にいわゆる爆発物とは、理化学上の爆発現象を惹起するような不安定な平衡状態において、薬品その他の資材が結合せる物体であって、その爆発作用そのものによって公共の安全をみだし又は人の身体財産を害するに足る破壊力を有するものを指称すると解するのを相当とする。けだしこの罰則は爆発物に関する特別法として一般法たる刑法に対比し、互に相似する犯罪行為を規定する場合にも著しく重い刑罰を定めている外(罰則一条、三条、五条、九条、刑法一一七条、一一三条、二〇一条、一九九条、一〇三条、一〇四条等参照)、或は爆発物を発見した者及び爆発物に関する犯罪を認知した者に対し告知義務違反の罪を認め(罰則七条、八条参照)、或は罰則一条の罪を犯さんとして脅迫、教唆、煽動、共謀したに止まる場合、若しくはこれが幇助のため爆発物又はその使用に供すべき器具の製造輸入等をする行為をも独立の犯罪とする等(同四条、五条参照)著しく犯罪行為の範囲を拡大規定しているのであるが、それは一に爆発物がその爆発作用そのものによって前段説示するような破壊力を有する顕著な危険物たることに着目したために外ならないからである。

そしてここに「理化学上の爆発現象」というのは通常、ある物体系の体積が物理的に急激迅速に増大する現象(物理的爆発)及び物質の分解又は化合が極めて急速に進行しかかる化学変化に伴って一時に多量の反応熱及び多数のガス分子を発生して体積の急速な増大を来たす現象(化学的爆発)を指すのである。従って塩素酸カリウムを主剤として製作されるマッチ軸頭薬の如きも理化学上の爆発現象を起し得るものたること勿論であろうけれど、その薬量極めて僅少であり、その爆発に当っても多量の反応熱を生ずることもなく、また多数のガス分子を生成することもなく爆発作用そのものによる直接の破壊力の認められないようなものは、もとよりこの罰則にいわゆる爆発物ということはできない。

事実審において適法に確定されたところによれば、本件火焔瓶はガラス瓶に濃硫酸と揮発性油を入れ瓶の外側に塩素酸カリウムを紙片に塗って貼付した構造のもので、これを路面床板などに投げて瓶を破壊すると、瓶外側に附着してある塩素酸カリウムに内部の濃硫酸が接触化合して化学反応を生じ爆発的分解による発火が起り、これが瓶の破壊によって同時に撒布された揮発性油に引火し燃焼作用が起るものであって、右塩素酸カリウムと濃硫酸が接触すれば化学的爆発が起るけれど、その爆発は塩素酸カリウムの量が僅少であるため爆発作用そのものによる直接の破壊力は認められず、また右発火により揮発性油に引火燃焼して人の身体財産を損傷することもあり得るが、この場合も硫酸の代りにマッチで点火した場合と燃焼の時間範囲と燃焼程度において同一であるというのである。そして原審はこのような程度の爆発と燃焼力を有するに止まり、その爆発作用そのものによって公共の安全を撹乱しまたは人の身体財産を損傷するに足る破壊力を有しない本件火焔瓶は、たとえそれが専ら他人を殺傷し物を燃燬し公共の混乱を招来する目的のためのみに製造されたとしてもかかる主観的意図によって物の客観的性質を左右することはできないから、罰則にいわゆる爆発物に該当しない旨判示しているのであって、この原判旨は首肯するに足る。論旨は本件火焔瓶は一種の焼夷弾であって同時に多数の火焔瓶が群集の頭上又は密集家屋等に向って投げつけられたような場合には社会的混乱の大なるものがあると主張する。しかし、それは点火された多量の揮発性油が同時に撒布された場合にも同様な結果を生ずるのであっていわゆる爆発作用そのものによる直接の結果でないこと前段説示により明白であるからかかる事情があるからとて本件火焔瓶を罰則にいわゆる爆発物と即断することはできない。もしそれ、本件火焔瓶の如きものが公共の安全をみだす危険物であり、これが製造及び行使等を特段に取締る必要があるとすれば、須らく特別なる立法に俟つ外はないのであってこの事たるや罪刑法定主義の原則に照らし多言を要しないところである。縷述の論旨は畢竟独自の見地に立って正当な原判旨を非難するに帰し採るを得ない。

よって刑訴四〇八条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中耕太郎 裁判官 栗山 茂 裁判官 真野 毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介 裁判官 谷村唯一郎 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎 裁判官 入江俊郎 裁判官 池田 克 裁判官 垂水克己)

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